飴
作:白樺クウフク
1家庭図形
長い間、母の言葉が耳に響く。それは飴をなめる時、ふと思い出す。母がよく、「歯磨きしたら飴をなめてはいけない」と、寝る前に私に呟く。寝る際ほの見る母の顔はたしか、綿のような白皙の肌をしていて、暗い部屋を微かに照らすようだった。私とは似ていた顔だけれど、美しくもなく醜くもなく、ただの見慣れた顔でもあった。なのに、上下の前歯がない。死んでから間もなく、父がある日突如思い出したように曰く:「母は小さいころよく飴をなめてたからだ」と。 私は飴と母の繋がりがつくづく実感し、そして、溶けかけの飴を齧るように母のことを思い出す。
母とともに過ごしてきた記憶の大半は病室にある。地元では一番いい病院だと先生は言っていた。その病室はベッド六つに整斉と並び、その間に知らない医療機材やニ三人が通れるほどの空間がある。母のベッドが窓側の一番近い位置にあるが、病室が北向きのせいか、日の光が当たらない(それでも、病室はいつも明るい)。病室はもうニ三回変わることになったが、この病室は母が居た最後の病室である。雪まではふらないが、外の白樺の枝に葉が寒気に耐え切れずとっくに落ちている。
母は胃癌を患っていた。嗚呼、顔色が一段白色に見える。それは手術を何回もするたびに、肌が徐々に血色が失う故である。隣に見守る父は真っ青な顔で、普段の冷静さも余裕も保てなくなる。母の目は半開きに、天井の何かを凝視し、もはや話す気力もなくなた(この記憶は、おそらく母が死ぬ前夜である)。死んだら母と話せなくなると、医者さんも父にもそう告げられ、私も逆に言葉を失う。そしてとなりのベッドから、知らない人の咳声だけがする。
記憶が再びよみがえる。咳が止まれない時、母はのど飴をくれる。私は向来、飴が好きではない。甘いものの舌ざわりが気持ち悪いい上、息が甘い味がする。のど飴も、ただの薬で、お菓子みたいな毎日の楽しみのようにはならない。咳をする翌日、いつものことであれば、私は多分、カゼか熱かなんかをかかっている。
その日、朝からベッドから身を離せない。全身が無気力で、冷えている。今思えば、母が死ぬ掛けた夜の額の温度に近い。いつもであれば、私は朝七時ぐらいに目を覚まし、着替え、母が用意してくれた朝ごはんを食べてから駅に向かう。それで四五駅にある学校につき、同級生のあさのくんと挨拶して、しばらくくだらない話を交わすあいだにチャイムが鳴り、目を黒板に置く。先生は無言のときは、手でチョークを掬い、カツカツと黒板に擦り、微かの黄色い粉が床に降り注ぐ。ほんとは、先生が書いたものもすぐにわすれてしまうか、あるいは翌日の朝がやってくる度に忘れる。その故、自分で同じものをノートに写す。それがいつの間にか習慣になる。しかしながら、ノートに写しても、字と字の意味を理解しない限り、私はすぐにその内容をすっかり忘れてしまう。だから、私は先生の筆跡をできる限り真似し、使い慣れた鉛筆を黄色いボールペンに代わり、黒板に書かれてある文の行と列そのままノートに写すことになる。その時、隣の机のあさのくんが何かをいきなり言い出す。先生が手を黒板からはなさず「静かに」というと、周りから笑い声がする。みんながあさのくんがだいすきだ。
ゲップをしたら、いつもの授業の光景が破られ、もうこれ以上記憶が頭から浮かばなくなる。口の中からは魚の生臭さだけがする。気持ちが悪い。これはたぶん、昨日食べた鯖だろう。もう病が二日間もたってるというのに、まったく治るけはいがない。それで、意識が朦朧ながらも、天井を眺めてるうちに、記憶が勝手に襲い掛かったのだ。
母が部屋ドアをたたき、入る前に私はもう気づく。かすかに聞こえる足音は母のものにちがいない。それに、いつものなら、母はたとえ私が返事をしなくても、勝手に入ってくる。ドアがあくと、部屋のそとの明かりがまぶしすぎる。今は、母と話したくない。なぜなら音を出る気力だってない。母は私のそばまで来て、額を指でこすりあい、そのゆびが驚くほど冷たい。
「これじゃ、今日も学校を休んだほうがいいかしら。かわいそうに。」といったとたん、私の背をベッドから起こし、水と薬を私に飲ませる。この水の甘さが口の中に漂った魚の臭さを洗い流す。これでもう口の中に変な味がしないから、私は喋りだす。「水、もっともらえますか。」というと、母は部屋の外に行き、間もなくしたら(待っている間に、私は父がマンションのドアを強く閉める音が聞こえる。)新しい水を添えたコップを持って再び部屋に入る。今度は、母は部屋に明かりをつける。けれど目が光線を慣れていない故、思わず目をつぶる。この刺激はやがて顔にうつり、病気のもの以上の苦痛の表情になる。
「のどの調子がよくないわね。これでも食べて我慢しなさい。」と母は手のひらに握っていたのど飴をくれる。そろそろおなかがすいてくるので、このぐらいの糖分を摂取するのがちょうどいい。そうおもいながら、のど飴を口に放り込んで、母のての温度を口で実感する。しかし口の中にミントの匂いがのこるのが気持ち悪い。
「おなかすいてない?お粥、食える?」
自分は口腔のミントの匂いが気になって仕方がない。すると無言で頭を横に‘振り、母の顔は少々の落ち込みで、ちいさく「そうですか」とつぶやき、部屋から出る。
母の足音が遠ざかれると、あたりはまた静寂に包まれる。部屋はもう一度黒くなって、目がちゃんと働くようになる。気持ちが落ち着くので、一刻も早くこのミントの味を消したいと、暗闇の中、隣のテーブルに置いてある水を滝のようにのどにあたる。すると、あまりの水が口からこぼれだしずがパジャマの襟ぐりを冷たく濡らす。私は急に咽り、咳の声をもらす。母は出たばかりなのに、この咳声を聞いてまた近づいてくる。そうおもいきや、今度母は部屋に入らず、叩かずに門の外にまっている。正直に言うと今日はもう母とはなしたくない。ただほっておいてほしい。
けれど今度は、母はもうしずかに出ていったか、もしくは門の外にただ待ってたかはわからない。それから、母とあえずに、疲労で眠きが襲い掛かる。
母の遺伝で、自分も病弱の体で常にこうやって無気力の姿にある。学校にいけないほかに差し支えないが、こころの生きる欲求は減りつつある。それとも生まれてからすでに欲求はなっかたのかわからない。しかしたしかなのは、精神上の欲求は肉体につれて無気力になった。ベッドに身を置くと、だれとも話せたくない。元気な時は、自分は内向的で、他人に向かって、また何を話すかはわからない。それに、他人が何を話したいか、その本音すら見えない。この状態はやがて、私のしょうがいになる。
母が死んだ頃は、ちょうど真冬の日であった。窓の外に映っていたのは土砂降りの雪で、母の口につける呼吸器みたく曇る。曇る頻度がかなり高いといっていいだろう。けれどこれは、命がまだ死んでいなく、めでたいことでありながら、病状が悪化する証拠でもある。もうここに寝転んで数か月、私たちはいちども会話を交わすことがない。今、母はなにを思っているのだろうか。天井のそこにはなにがうつっているのだろうか。それを知るすべもない。病気がもたらすのは、なぞしかなかった。
恥ずかしながら、母の顔は、記憶の中でははっきりしない。どんな色な目をしているのか、鼻の形、唇の厚さすら(見慣れた顔なので)覚えてない。母はとっくに抽象的な概念になったのだ。全身の肉が削られ、もう息をする骸骨だ。妙なのは、改めて気づくのは、母の前歯が割れてることだ。呼吸器をつけているせいなのか、口が半開きで、口腔の中は一望して余すところなく見える気がする。奥の歯が黒く、しかし妙に清潔感がある。虫歯は、抜かないとえらいことになると、本人がいってたのに。
夢から覚めて、頭痛が余韻みたいな疼くが、力が湧いてきた。起きれないわけではないが、このまま横になるのもいと心地いい。時はどのぐらいたっているのだろうか。私の部屋には時計がないので、秒針の響きすら聞けない、墓場の静寂だ。部屋の外に生活音がないからは、家族は寝ているのだろうか。妙に音が聞けなくなって、逆に耳が壊れたような気がする。
気分が憂鬱になった。足を床に着地させ、ひんやりと冷たい。、部屋の外に向かうと、廊下が真っ暗で、壁を触りながら前を進むしかなかった。
2あさのくん
3暴力
4天井